生まれた時から結婚するまで実家暮らしだった私は、
そこで見るもの聞くものが、
世の中の当たり前だと思って生きてきた。
実家には、おばあちゃんが2人居た。
父方のおばあちゃんと、母方のおばあちゃん。
母方の祖父母は私が10歳の時に実家を増築して、
一緒に住むようになった。
リビングでは、2人でお茶を飲みながら、
いつも楽しそうに談笑していた。
そんな2人のおばあちゃんを見て育った私は、
無条件で甘えられるおばあちゃんが2人も居て
ただただ幸せに、わがままに育った。
それが、世の中の常識から考えると、
とんでもなくイレギュラーな事だったと知ったのは、
私にも初めて義理の母という存在が出来てから。
よくよく考えると、実母と義母。
世の中的には、混ぜるな危険!くらいの
組み合わせなのかもしれない。
幸い、私の実母と義母は、
会えば楽しく話をしていて、関係は良好。
でも同居となると話は別。
私が当たり前だと思っていた
2人のおばあちゃんの日々のお茶会は、
色んな人の思いやりや気遣い
遠慮や我慢や歩み寄りがあってこそ
成り立っていた、尊い物だったのかも。
当たり前の反対語は『ありがとう』だと
44歳になるまで知らなかったけど、
これからは日々の幸せにもっと感謝しながら
生きていこう(๑˃̵ᴗ˂̵)


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